昨日、熊本で発生した大きな地震により、被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

私の母の故郷が熊本であり、現地には親族が多く住んでいるため非常に心配いたしましたが、幸いにも皆の無事を確認することができ、まずは安堵しております。ただ、ニュースを通じて亡くなられた方がいらっしゃることや、家屋の倒壊、停電などで今も不安な時間を過ごされている方が多くいることを知り、大変胸が痛みます。

このようなタイミングでのブログ更新に迷いもありましたが、日々の記録として通常通り公開させていただきます。被災地の皆様が一日も早く穏やかな日常を取り戻せますよう、心よりお祈り申し上げます。

7月半ば。高い湿度と痛いほどの日差しに包まれた奄美・加計呂麻島で、今日も約150坪ほどの「庭という名のジャングル」と格闘しています。4月から始まったこの場所の開拓も、いよいよ終わりが見えてきました。

なぜ、こんな炎天下に汗だくで作業をしているのか。それは、自宅の目の前に広がる海が「柵も何もない小さな港」だからです。小さな子どもたちにとって、そこは一歩間違えれば命に関わる大変危険なエリア。「自然の中でのびのび育ってほしい」と願うのはもちろんですが、待っていれば誰かが安全な場所を作ってくれるわけではありません。大人が自らの手で環境を整えなければ、子どもたちが安心して走り回れる環境は手に入らないのです。

そんな「自力で進む覚悟」を持って意気揚々と始めた整地でしたが、立ちはだかる自然は想像を絶する手強さでした。

1. 理想の裏にあるシビアな現実:誰かがやってくれるわけじゃない

圧倒的な生命力。「牧草」との終わりのない闘い

まず私の行く手を阻んだのは、地元で通称「牧草」と呼ばれる、非常に厄介な雑草です。私の身長ほどにまで伸びたその葉は、足元の視界を完全に奪います。そして何より手強いのが、その「密集度」。根元は1〜2cmほどの太さがあり、それが数百本単位で一つの塊(株)になっています。

草刈り機の刃をバッサバッサと当てていくのですが、あまりの密集っぷりに、たった一株を切り倒すだけでも相当なエネルギーを消費します。さらに恐ろしいのは、根元から綺麗に刈り取っても、わずか1週間で一斉に芽を出し、2〜3週間も放置すれば元のジャングルに逆戻りするという圧倒的な生命力。まさに「いたちごっこ」の連続でした。

ハブの影と、猫車10杯分の「石ころ撤去」

視界を遮る牧草の奥には、さらに二つの大きな危険が潜んでいました。 一つ目は「無数の石」です。草刈り機の刃が隠れた石に当たると激しい火花が散り、時には刃が弾き返される「キックバック」という恐ろしい現象が起きます。そのため、背の高い草を刈って視界を開いた後、石の有無を確認しては手で拾い集めるという地味な作業を繰り返しました。結果的に、拾い集めた石ころは猫車(手押し車)に山盛りで10杯以上。想像を絶する重労働でした。

二つ目は、奄美ならではの「ハブ」の存在です。湿度の高いこの時期はハブが最も活発に動きます。先日も知人が草刈り中に遭遇したばかり。「子どもたちが遊ぶスペースだけ刈ればいい」という甘い考えは通用しません。遊ぶエリアからさらに5m、10m奥まで完全に視界が開けるように整地し、危険を未然に防ぐというシビアな現実に向き合う必要がありました。

2. 40代の体力を削る最大の難関:数百本の「伐根」

開拓作業の中で一番大変だった「根を抜く」こと

牧草と石ころ、そしてハブの恐怖を乗り越えた先に待っていたもの。実は、この庭の開拓作業の中で一番大変だったのが「伐根(ばっこん)」でした。

草(雑木)を刈った後、地面からは直径3cmから5cm程度の雑木の切り株が数百本単位で顔を出します。これが残っていると、子どもたちが確実につまずいて大怪我をします。 これを一つずつ、手作業で伐根していくのですが、地面を掘り起こし、地中に縦横無尽に張り巡る根を引っこ抜くのに、一つの伐根だけで汗だくになって15分。中には直径10cmを超える強敵もあり、電動ドリルで数箇所穴を開けて除草剤を注入し、枯らす手段も併用しました。

激しい振動とリスク。自力で進むからこその「休む勇気」

連日の炎天下に加え、長時間の電動工具使用による「激しい振動」が容赦なく体を蝕みます。草刈り機を使い続けると、手先が真っ白になったりしびれが出たりする「振動障害(白蝋病)」を引き起こす危険性があります。

「なんとか早く終わらせたい」。そう焦る気持ちをグッと堪え、私はこまめに木陰に座り込み、長めの休憩を挟みました。 新しい挑戦において「何とかなる」「誰かが助けてくれる」という過度な楽観論は危険です。最終的にリスクを背負い、このジャングルを切り拓くのは自分自身しかいません。厳しい現実があり、自分の足で進まなければならないからこそ、時には潔く力を抜いて「休む」こと、波の音に身を任せる時間が絶対に不可欠なのです。

3. 後ずさりしてもいい。あなたの過去が「見えない根っこ」になる

泥臭い反復作業が作る、人生の確固たる「土台」

牧草を刈り、猫車で大量の石をどけ、ハブに怯えながら奥へ進み、頑固な根を切り、また木陰で休む。途方もない作業の連続に、何度も草刈り機を投げ出したくなりました。

でも、この数ヶ月間、泥に塗れながら確信したことがあります。「コツコツと一つずつ進めていく地味な作業は、決して無駄にはならない」ということです。

40代からの転職や、新しいことへの挑戦も、きっとこれと同じです。目覚ましい成果なんてすぐには出ません。予期せぬトラブル(隠れた石)にぶつかって火花を散らし、自分の未熟さ(抜けない根っこ)に直面しては立ち止まり、やり方を変えてみる。一見すると何も進んでいないような泥臭い時間は、決して無駄な遠回りではありません。時には恐怖で後ずさりしたっていい。そのプロセスそのものが、人生の確固たる「土台」を作ってくれているのです。

昨日より今日、少しずつ広がる「自分の地面」

ふと汗を拭って振り返ると、4月の時点では全く見えなかった「地面」が、今、確実に姿を現しています。目の前の石を一つ退け、一株の牧草を切り倒すことの積み重ねが、気づけば150坪の景色をまるごと変えようとしています。

もし今、あなたが新しい挑戦の前で立ちすくんだり、思い通りにいかず休んでしまったりしているのなら、安心してください。 今までの人生で経験してきた成功も、失敗も、報われなかった回り道も。そのすべてが、あなたを深い絶望に沈み込ませない『見えない根っこ』となって、しっかりと体を支えてくれています。

庭の雑木の根っこがどれほど手強かったか。それと同じように、あなたがこれまで泥臭く生き抜いてきた過去も、そう簡単には揺るがない強靭な根をあなたの中に張っているのです。自分の中にあるその根っこを信じて、堂々と休めばいいのです。

もうじき、子どもたちがハブに怯えることも、つまずくこともなく、思い切り走り回れる庭が完成します。 40代半ば。泥だらけになって、手のしびれと闘いながら、果てしない牧草や数百の根っこと向き合う日々も、案外悪くありません。むしろ、こういうシビアな現実と格闘する時間こそが、人生を最高に面白く、豊かにしてくれていると実感しています。それに汗だくになったあとのビールが最高に美味しいんです!

さあ、今日もまた、目の前の手強いジャングルと格闘してきます。

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